夜ごとの美女

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2006年 07月 28日

新倉美子(Yoshiko Shinkura)「逆襲大蛇丸」(1955年)

青春ジャズ娘こと辰巳柳太郎の娘にして、日本初の美人ジャズ・シンガーとしても一世を風靡した’50年代当時のアイドルスター(女優/歌手)、新倉美子が見事な長刀捌きで活躍する忍術時代劇のケッ作(?!)。同じ’55年制作の東宝映画「ゴジラの逆襲」に対抗すべく新東宝が贈る伝奇大忍術映画児雷也二部作の続編の方を先に紹介することにした。
新倉美子は1953〜6年の間に多くの映画に出演。この児雷也二部作は彼女の動くお姿を拝見できる数少ない歴史的価値を持った(?!)作品である。監督はかの加藤泰!登場するオロチやガマガエルやナメクジのチープさが今見返すととってもキュート!でも新倉美子の立ち回りも含めてチャンバラは結構いけてる。
因みに新倉美子さまは、現在はニューオータニの画廊のオーナーとして活躍されているそうである。

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右はみゆき(新倉美子)の恋人遠山弓之助役の若き日の若山富三郎!驚いたことに、この新人時代から若山富三郎は若山富三郎そのものだった!?
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なかなかの立ち回り、長刀捌きである。
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見事に敵のクビを長刀で、ちょん!・・・うぷぷ。
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めでたしめでたし!・・・な顔ね。

by nightly | 2006-07-28 21:00 | 日本の女優 | Comments(2)
2006年 07月 26日

サマンサ・モートン(Samantha Morton)「Jの悲劇」(2004年)

この映画の主演女優サマンサ・モートン(1977〜)はいわゆる美人女優ではないが、気張らないリアルさと好ましい存在感のあるボクのお気に入りの女優の一人だ。1997年、カリーヌ・アドラー監督の「アンダー・ザ・スキン」での本格的な映画デビューから、ボクは彼女に大いなる母性を感じ続けている。
さてこのいかにもなイギリス映画、最近のハリウッド映画に辟易しているむきにはスリリングでおもしろ怖い!に違いない。監督はあの傑作「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル。
彫刻家の恋人クレア(サマンサ・モートン)に結婚を申し込もうと、ドンペリ携えてピクニックにやってきた大学教授のジョー(ダニエル・クレイグ<6代目ボンド>)は気球の事故に遭遇する。これを機に、平穏な日常が一変し混乱していくジョー・・・。という訳でジョーに執拗に絡んでくるもう一人のJ(ジェッド)に「ノッティングヒルの恋人」の怪演が印象深いリス・エヴァンス。それにくせ者おやぢビル・ナイの共演も嬉しいかぎり!
ボク的には最近観た映画の中では抜群におもしろかった。興味のある方は是非どうぞ!
それから常々思っていることで、映画のエンドクレジットが始まるとさっさと席を立つ人が増えてきたが、最近の映画の中にはエンドクレジットの後にちゃっかり仕掛けを残したりするのがあったりして、余韻を楽しむことも含めて、もっとゆとりのある映画の鑑賞を心がけたいモノである。勿論この映画にも・・・?!
因みに公開時の惹句は、
   愛は続く。
   一方的に、執拗に。
         永遠に・・・・・
しかし、二人のJだからって、この邦題はないだろう!

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by nightly | 2006-07-26 23:09 | 英吉利の女優 | Comments(5)
2006年 07月 25日

若山セツ子(Setsuko Wakayama)「ゴジラの逆襲」(1955年)

桂木洋子(1930〜)とともに気になっていた戦後間もない復興の中の銀幕の清純・可憐派女優、若山セツ子(1929〜1985)。彼女との出会いがいきなり「ゴジラの逆襲」というのでは、ちょっと身も蓋もないような気がするが・・・。’46年東宝第一期ニューフェイス。同期には三船敏郎や久我美子がいた。日本のロジェ・ヴァディム(おっと、褒め過ぎ!)、谷口千吉と結婚するもその後離婚。1985年、入院中に自殺した。桂木洋子と比べてリアルな庶民派という感じ。

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漁業会社の社長令嬢山路秀美(若山セツ子)は無線係。恋人のパイロット月岡(小泉博)と交信中。
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デートのダンスホールでゴジラの大阪上陸を知る月岡と秀美。
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ゴジラとアンギラスの大阪頂上作戦で甚大なる被害を被ったが、ゴジラが姿を消したことによってつかの間の平和が訪れる・・・。
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残念ながら若山セツ子とゴジラのカラミはなし、残念!?

by nightly | 2006-07-25 23:02 | 日本の女優 | Comments(7)
2006年 07月 21日

ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)「軽蔑」(1963年)

ボクにとって持って回ったナレーションによるオープニングクレジットの後に続く3分6秒がこの映画の全てである。本作の意図とは関係なく、この映画は真にブリジット・バルドー(1934〜)のお尻を愛でる映画なのだ。ゴダール先生、ごめんなさい。

≪ゴダールの赤の時代・・・≫
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も、もちろん・・・
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そ、そんな難しい質問をされても・・・

≪と、唐突に肌色の時代・・・≫
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好き、好き・・・
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ど、どこが・・・?
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≪そして、青の時代へ・・・≫
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そう、悲しいほどに・・・ね

by nightly | 2006-07-21 23:09 | 仏蘭西の女優 | Comments(5)
2006年 07月 20日

シャンタル・ゴヤ(Chantal Goya)「男性・女性」(1966年)

シャンタル・ゴヤの歌はリアルタイムで聴いたが、九州の田舎で中学生だったボクは勿論ゴダールのこの映画を観るはずがない。マルクス??・・・コカ・コーラなんて飲んだこともなければ見たこともない。ベトナムで戦争が起こっているなどつゆ知らず、そう、007だけは親に内緒で我が故郷O市唯一の繁華街にある洋画のロードショー館「太陽館」で、クローディーヌ・オージェのメッシュな水着にくらくらしながら観た記憶がある。
1966年。我が松竹ヌーベルバーグ・大島渚氏は「白昼の通り魔」を撮り、同じく吉田喜重は「女のみづうみ」を、清順せんせは「けんかえれじい」、ミケランジェロ・アントニオーニは「欲望」、ブニュエルは「昼顔」、そしてトリュフォーは「華氏451」を撮った。いずれも観たのは20代になってからだ。
さて、ゴダール先生はボクの趣味ではないが、今観返すと、この映画は気恥ずかしいほど瑞々しい。シャンタル・ゴヤはかあいいし、演技のできない若い役者たちも、それを補ってあまりあるほど生き生きとしている。シャンタル・ゴヤが実際にレコーディングしているところや、主人公のポール(ジャン=ピエール・レオ)が本物の若いモデルにインタービューするところがとくに好きだ。



[シャンタル・ゴヤ(Chantal Goya)「ベスト」(1964~67年)]




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マドレーヌ(シャンタル・ゴヤ)が見つめる先には・・・
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おっと、B.B.が・・・
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このレコーディングシーンも含めて、この映画の中でシャンタル・ゴヤの歌が数曲、聴ける。
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by nightly | 2006-07-20 22:00 | 仏蘭西の歌手 | Comments(7)
2006年 07月 19日

ヘレン・ウォード(Helen Ward)「グディ・グディ」(1935〜36年)

20代の初め、ジャズを聴きまくった頃は、自分の人生において貴重な時間を割いてまで聴くべき音楽はジャズしかないと本気で思いこんでいた。それもそのころ台頭していた新主流派を中心にしたモダン・ジャズ一辺倒で、スウィング・ジャズなんて古くて幼稚だし、ボーカルもおしなべてかったるいとほとんど食わず嫌いもいいところだった。ジャズ喫茶の暗がりで、たばこの煙とともに沈殿したように音の混沌の中に身を沈めて聴いたコルトレーン。その後30年以上の時を経て、はっきり言ってコルトレーンなんて今は聴きたくもない。むしろ極端なほどジャズのコンボ演奏を聴かなくなってしまい、ボーカル一筋に様変わりしてしまった。
さて、そんな今宵のジャズ・ボーカル美女はヘレン・ウォードの再登場。このアルバムはヘレンがベニー・グッドマン楽団に専属歌手として在籍していた1934〜36年の間に吹き込まれた曲を集めたもの。ヘレンがグッドマン・バンドに加入したのは18歳になったばかりの頃で、グッドマンの生きの良い演奏と二十歳そこそこのヘレンの溌剌としたヴォーカルが何とも新鮮で気持ちが良い!こんな時代だから基本に一度立ち返って、上手くて美人のストレートなスウィング・ジャズに、心を開いて酔いしれよう。
叶うことなら、動いているヘレン・ウォードを観てみたい・・・。

[ヘレン・ウォード(Helen Ward)「THE COMPLETE ON COLUMBIA」(1934〜53年)]

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by nightly | 2006-07-19 22:48 | 亜米利加の歌手 | Comments(3)
2006年 07月 18日

佐藤奈々子(nanaco sato)「フィアー・アンド・ラヴィング」(1995年)

70年代後半については前にも書いたと思うが、ボクは美大をやっとこさで卒業し、ろくに就職活動もせず、随分いい加減にPレコード会社のデザイン室に潜り込んだのだった。今でも思い出すが、そこで最初にやらされた仕事がジュリーのポスターか何かの色校をトンボで断裁することだった。“ここに定規当ててカッターでちょんする訳ね”と、先輩に言われて思いっ切り紙の端から端まで切ったものだから、あとどこで合わせて切ればよいのかわからなくなって往生した。その後一月もしないうちにボクはりっぱなアートディレクターという肩書きを貰ったのだった。
で何を言いたいかというと、要するに音楽業界の片隅に生きていた関係で、安い給料の大半を日本のポップスや海外のロックやジャズのLP購入に充てていて、佐藤奈々子もそんな風にして出逢ったのだった。今もレコードラックのどこかに息を潜めて隠れていると思うが・・・。
佐藤奈々子は美女というカテゴリーには入らないと思うが、ちょっと分厚い唇とか、しどけない衣装の着方とか、レイジーアフタヌーンな眼差しとか、究極のウィスパーボイスとか、どこかそのきにさせるおんなだった。1977〜79年の間に4枚のアルバムを出した後、1980年以降、彼女はボクの理解を超えたニューウェイブなカテゴリーへ転身し、その後プロのカメラマンになったのだった。
このアルバムは何と佐藤奈々子が音楽業界に復帰を果たした第一作。ジャケットで使われている写真は、本人のポートレートを除いて全て彼女の作品が使われていて、なかなかおもしろい。
歌の方は随分角(?)が取れて優等生的になってしまったような気がする。

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左下の写真が奈々子。
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by nightly | 2006-07-18 23:32 | 日本の歌手 | Comments(2)
2006年 07月 17日

石川セリ(Seri Ishikawa)「楽園」(1985年)

連夜の熱帯夜が嘘のように、今夜は久しぶりの涼しげな雨で、ほっと人心地。石川セリの「楽園」でも聴きながら80年代を思い返そうとしたが、ボクはいったいあの頃何をしていたんだろう?結婚して、子供ができて、一応サラリーマン稼業で、・・・そうそう日本のポップスが元気いっぱいだった!?
んなしょうもないこと考えんと、セリのあやかし、まやかし、ひやかしな音世界に浸るべし!・・・それにつけても美女は何をされてもさまになってますねー・・・。

[石川セリ(Seri Ishikawa)「ときどき私は…/SERI」(1976年)]

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by nightly | 2006-07-17 23:00 | 日本の歌手 | Comments(2)
2006年 07月 16日

松任谷由実(Yumi Matsutoya)「悲しいほどお天気」(1979年)

確か、梅雨はまだあけてなかったはずだが、毎日悲しいほどお天気が続いている。・・・そして、さんざんいいようにこの国を蹂躙しておいて、最後の大名旅行ではしゃぎまくっている我が国の小泉某首相のあの悲しいほどの能天気さはどうだ!もちろん、それを支持したボクたちは臆病で平凡に生きていただけ・・・、むむむっ・・・今をかーるく予言していたユーミンはやっぱ天才か!?

と、熱中症の気配が・・・

さて、愛機iMac G5がAppleで修繕作業のさなか、こんどは仕事のメインマシンであるQuickSilverのHDDがまたもやクラッシュ!・・・この2、3日はその復旧作業でブログの更新もままならなかった。で、そんな不幸のどん底で、昨日、やっと愛機iMac G5が復帰してくれたのだった。と言う訳で、ブログ再開記念な今宵の美女をユーミンにお願いした次第。
荒井由実時代の三枚のアルバム「ひこうき雲(1973)」、「MISSLIM(1974)」、「COBALT HOUR(1975)」は別格として一番よく聴くアルバムがこれ。歌はへたくそでも、ソングライターとしてはやっぱ天才だろう!

[松任谷由実(Yumi Matsutoya)「Yuming Compositions:Faces」(2003年)]

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by nightly | 2006-07-16 21:00 | 日本の歌手 | Comments(3)
2006年 07月 13日

アストラッド・ジルベルト(Astrud Gilberto)「ジルベルト・ウイズ・タレンタイン」(1971年)

なんと言ってもアストラッド・ジルベルト(1940〜)は高校生のボクの、ポップスからボサノバ〜ジャズへと音楽の志向が変わるきっかけを与えてくれたミュージシャンの一人だ。

今は亡きスタンリー・タレンタインのファンキーなテナーがアストラッドのボーカルに絡み合いながら、至福の時間を紡いでいく。

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by nightly | 2006-07-13 21:37 | 伯剌西爾の歌手 | Comments(2)